♢獣人族との接触と意外な依頼
「なあ……どうしよう? 話してみる?」
俺がアリアに、小声で尋ねた。目の前には、警戒しながらも様子を窺う獣人族の集団。その中には、小さな子供の姿も見える。
アリアは少し考えて、慎重な口調で答えた。その視線は、群れの奥にいる子供たちへと向けられている。
「え? うぅ~ん……ちっちゃな子もいるし、戦闘って感じじゃなさそうだし……話してみても良いよ?」
その言葉に、俺は軽く頷いた。
「敵意を感じたら、すぐに転移をするからな」
「はぁーいっ」
ミーシャは、俺を信じているのか、にこっと笑って明るく返事をする。 ぱたぱたと駆け寄ってくると、俺の袖をきゅっと掴んできた。
――緊張感が少しだけ和らぐ。
それでも気を引き締めながら、自分たちにバリアを展開し、周囲に張っていた結界を慎重に解除していく。 そして、ゆっくりと茂みを抜け、目の前にいる獣人たちへと歩みを進めた。
「そう言えばさ、今更なんだけど……獣人と話し通じるのかな……?」
歩きながら、俺はふと疑問に思ったことを口にした。アリアがどんな反応をするか、そっと横目で窺う。
「え? わたしも分からないよ〜どうしよ??」
アリアでも知らないか……。言葉が通じなかったらジェスチャーか?俺たちが歩いて向かうと、獣人たちの中から代表者らしき、獣人の長老のような村長を先頭に、3人を従え近づいてきた。そして、長老が先に話しかけてきた。
「これは、驚いた。人間の方ですか……?」
(おっ!言葉が分かるぞ。それに敵対心もなさそうだな……良かった。)
俺は内心で安堵し、尋ねた。
「どうしたのですか?大勢で集まっているみたいですが……」
「ええ。それが我々の住む森に結界を張ってあったのですが。その森に侵入者が入ったと連絡を受けまして、確認に来たのですが……。さらに強い結界が張られていたので……その対策を協議していたところです」
(え? あ……そう言えば、この森に転移してくる時に変な違和感を感じたのは、結界を抜けた感じだったのか。ということは、転移で結界も突破ができるってことか。)
俺は、意図せず彼らの縄張りに侵入してしまったことに気づき、謝罪の言葉を口にした。
「すみません。結界が張ってあったのに気付かなくて入ってしまいました。ですが、森を荒らしたり危害を加えるつもりは無いですので、安心してください」
「ええ。その様な害意を感じませんでしたので、こうして話をしているのです」
長老は、穏やかな表情で答えた。どうやら彼らの結界に守られて平和に暮らしている獣人の縄張りに入り込んでしまったらしい。だけど結界は見えないし仕方ないよなぁ。
「結界があれば、平和に暮らせますね」
俺が何気なく言うと、長老は首を横に振った。その顔には、どこか寂しげな影が差していた。
「いえ。この結界は、遥か昔のご先祖様が魔法を使える者を数十人集め、やっとの思いで結界をお張りになられたと言い伝えられております。その目的は、この森に人間が気づかれないようと、侵入ができないようにと結界を張っております。ですので魔獣や魔物には効果はないのです……」
(そうか……だから綺麗な森なのに人がいなくて、手付かずのままの綺麗な森だったのか。あれ? でも、魔獣や魔物除けで使うのが一般的だけど……? 人間除けなんだ?まあ……昔は大量に獣人を奴隷にしたりしてたのかもな。)
彼らの歴史に思いを馳せながら、俺は改めて謝罪と退去を申し出た。
「すぐに立ち去るのでお許しください」
「いえいえ……」
長老は穏やかな笑みを浮かべ、さらに続けた。その表情は、期待に満ちているようにも見えた。
「森に現れる魔獣を討伐していただき助かり感謝をしております。我々だけでは、魔獣の討伐が難しく……村にも被害が出ていたのです。あれだけの結界を張れるようなお方ですので、是非うちの村に現れる魔獣の討伐にご協力をして頂けないでしょうか……」
村長らしき老人は、深々と頭を下げてお願いをしてきた。その真摯な態度に、ユウヤは少し驚いた。
(この獣人たちは、結界の中で平和に暮らしすぎているのか……? 人間に対して無警戒すぎじゃないか? 何のために、結界が張られたかを理解してないんじゃないのかな?まあ俺とアリアには、敵意はないけどさ。それとも害意、敵意を感じるスキルでもあるのかな?)
アリアと顔を見合わせて悩み、小声で話した。アリアの瞳は、老人の真剣な様子をじっと見つめている。
「わたしは良いけど……」
アリアは、ユウヤの視線を受けて、穏やかに答えた。
「俺も良いけど。じゃあ、待遇を決めてもらうかな」
せっかくだし、お願いを聞くだけじゃもったいない。どうせなら依頼として受けた方が良いよな。冒険者になったんだしさ。
「え? あ〜依頼として受けるんだね」
アリアは、少し目を丸くして尋ねた。その表情は、どこか新鮮な驚きを帯びていた。
「そうそう……ギルドを通さない直接契約ってやつだな。手数料を引かれないから報酬は大きいけど……トラブルが起きてもギルドは関係ないから自分たちで解決をしないといけなくなるんだよな。アリアにも手伝ってもらうよ」
ユウヤが説明すると、アリアはいたずらっぽくニコリと笑った。その瞳には、新たな冒険への期待がちらついていた。
ユウヤは、子供たちと少しだけ遊び、遊びが終わると子供たちは満足して帰っていった。家に入ると、アリアが楽しそうに掃除をしていた。鼻歌を歌うような軽やかな動きで、隅々まで綺麗にしている。「あ、悪い……。外で子供たちと遊んでた」 ユウヤが申し訳なさそうに言うと、アリアは笑顔で首を振った。その瞳は、新しい家への愛着でいっぱいだ。「ううん。大丈夫だよ。村の人と仲良くしなきゃだし。この家ね、色々と家具も揃ってるんだよ〜♪」 アリアは、新しい拠点にすっかり心を奪われているようだった。♢新居の夜と隠れた才能「ん?いやぁ……住めって言ってるのか?それで魔獣の討伐を依頼というかお願いする気なのか?良いんだけどさ……」 ユウヤは、長老のあまりにも気前の良い申し出に、思わず目を丸くした。 半信半疑といった表情でアリアの方へ視線を向けると――彼女はすでに目を輝かせ、嬉しそうにしていた。 俺と目が合うや否や、満面の笑みで何度も力強く頷いている。 ……なにをそんなに嬉しそうにしてるんだ?「どうしたの? 嬉しそうだけど??」 ユウヤが問いかけると、アリアは飛び跳ねそうな勢いで答えた。 その声には、隠しきれない喜びがはじけていた。「わたしたちの拠点だよぉっ♪ きょ・て・んっ♪」(あっ……それ、なんかカッコいい……!) その瞬間、ユウヤは思わず納得した。 冒険者には、いくつかのタイプがいる。 たとえば――旅をしながらダンジョンを巡り、宝を探す冒険者たちは、定住せずに宿や野営で夜を明かす。 一方で、村や町の討伐依頼を請け負ったり、護衛・警備の仕事を請け負ったりするタイプの冒険者は、 生活の拠点として家や本部を構えることが多い。 それでアリアは、あんなに目を輝かせていたのか。 “ふたりの拠点”――その響きが、特別に感じられたんだろうな。 納得だよ、うん。「それは
獣人だからと見下していたかもしれない……。依頼を受けた村から貰えた家は、雨風を防げるだけの休める場所ではなくて、ブロック造りの、十分に暮らしていける立派な家だった。しかも村から少し離れた場所で、広い庭付きだった。「村の中心部から離れていますが、空いていて立派な家がこの家しか無いのです。村の中心部にも空き家はありますが……小さな家で少し、いや大分傷んでいまして」 長老は、恐縮したように説明した。「ここが良いです。あの、庭に倉庫を立てても問題ないですか?」 ユウヤは、その家の良さに満足し、すぐに庭の活用方法を考えた。その瞳は、すでに未来の計画で輝いている。「ええ。この土地は、お譲りした土地なのでご自由にお使いください」(お。土地も貰えるんだ? 倉庫と薬草を育てられるかな?森に近い場所に植えてみようかな。その他は野菜かな?) ユウヤは、新しい生活への期待に胸を膨らませた。「ありがとうございます」「ありがと〜♪」 アリアも満面の笑みで、感謝を伝えた。その声は弾んでいて、本当に嬉しいのが伝わってくる。 こんなに、すんなりと村に入れちゃって良いのか? 結界で寄せ付けないようにしていた人間なのに? ユウヤは、少しばかり疑問を感じ長老に尋ねた。「あの〜俺たちは人間なんですけど? すんなりと信じちゃって良いんですか?」 長老は、ユウヤの疑問に穏やかに答えた。その表情は、一切の疑念を抱いていないようだった。「儂には、害意のある者。ない者。が分かるスキルがありますので問題ないです。同じスキルを持っている者も同じ意見でした」(やっぱりそうか……じゃなきゃ、得体の知れない危険な者がいるかもしれない場所に、子供を連れて来るわけがないか。) ユウヤは納得し、次の話題に移った。「討伐は、明日からでも良いですか?」「ええ。問題ないです。この森は広大で殲滅は不可能なので、定期的に討伐を行ってくだされば助かります」
「そうなんだぁ。わぁ〜じゃあ、わたしも参加できるね〜ギルドの依頼の時も参加するつもりだけど……」(ん? 珍しく積極的というか……気を使ってる感じじゃないな。)「参加は良いけど……いつものアリアじゃないね? 魔物や魔獣の討伐に参加してくれるのは助かるけどさ」 ユウヤが問いかけると、アリアは少し照れたように頬を染めた。視線をわずかに逸らし、指先で服の裾をいじる。「だって……せっかくユウくんと同じパーティになったのに、別々に討伐とか薬草を採集って寂しいもんっ」 その言葉に、ユウヤは納得した。アリアの想いを知り、心が温かくなる。「うん。一緒に討伐に行っても問題ないでしょ……冒険者になる前に低級の魔物をたくさん討伐して攻撃も受けなかったし、魔力切れにもならなかったしなあ」 ミーシャも自信満々に、ユウヤの言葉に同意した。「うん。ありがと♪」 アリアは嬉しそうに微笑んだ。その笑顔は、花が咲いたように明るい。 ユウヤは、心配そうに見つめる長老たちの方を向き直し、依頼として受けると話した。「俺たちは冒険者で、魔物と魔獣の討伐依頼として引き受けようと思います」 ユウヤがそう告げると、長老の顔色が悪くなり、後ろについてきていた者もオロオロとして、二人で顔を見合わせて困った表情になっていた。その様子に、ユウヤは少し呆れる。(まあ……元々は勝手に二人で魔物討伐をして帰るつもりだったので、報酬は元々無かったわけだし。でも魔獣討伐を無報酬で頼むつもりだったんだ?) ユウヤは、彼らの困惑を察し、口を開いた。「まあ、そうですね。でも……その感じは、支払いが難しいみたいですね」「すみません。小さな村でして、擬態スキルを持っている者が人間に擬態して野菜や金物を近くの人間の村まで売りに行って人間のお金を得て、調味料や雑貨、薬を買って、余ったお金を僅かに貯めてあるだけでして」 長老は申し訳なさそうに説明した。その声には、村の窮状がにじみ出ていた。「そうですか。まあ……報酬は必要ないので、ちょこちょことここに遊びに来て薬
♢獣人族との接触と意外な依頼「なあ……どうしよう? 話してみる?」 俺がアリアに、小声で尋ねた。目の前には、警戒しながらも様子を窺う獣人族の集団。その中には、小さな子供の姿も見える。 アリアは少し考えて、慎重な口調で答えた。その視線は、群れの奥にいる子供たちへと向けられている。「え? うぅ~ん……ちっちゃな子もいるし、戦闘って感じじゃなさそうだし……話してみても良いよ?」 その言葉に、俺は軽く頷いた。「敵意を感じたら、すぐに転移をするからな」「はぁーいっ」 ミーシャは、俺を信じているのか、にこっと笑って明るく返事をする。 ぱたぱたと駆け寄ってくると、俺の袖をきゅっと掴んできた。 ――緊張感が少しだけ和らぐ。 それでも気を引き締めながら、自分たちにバリアを展開し、周囲に張っていた結界を慎重に解除していく。 そして、ゆっくりと茂みを抜け、目の前にいる獣人たちへと歩みを進めた。「そう言えばさ、今更なんだけど……獣人と話し通じるのかな……?」 歩きながら、俺はふと疑問に思ったことを口にした。アリアがどんな反応をするか、そっと横目で窺う。「え? わたしも分からないよ〜どうしよ??」 アリアでも知らないか……。言葉が通じなかったらジェスチャーか?俺たちが歩いて向かうと、獣人たちの中から代表者らしき、獣人の長老のような村長を先頭に、3人を従え近づいてきた。そして、長老が先に話しかけてきた。「これは、驚いた。人間の方ですか……?」(おっ!言葉が分かるぞ。それに敵対心もなさそうだな……良かった。) 俺は内心で安堵し、尋ねた。「どうしたのですか?大勢で集まっているみたいですが……」「ええ。それが我々の住む森に結界を張ってあったのですが
あとは……付与だな。とりあえず、【強度上昇】【切れ味上昇】【耐久性上昇】【防汚効果】【洗浄効果】……このあたりを加えてみるか。 そうして付与スキルを使うと、完成したナイフは淡く輝く異様なオーラを放ち始めた。普段なら、刃こぼれや汚れが気になって実演なんか絶対にしないが――試しに一本、枝を拾って切ってみる。その枝に軽く刃を当てた瞬間、まるで豆腐をなぞったかのように、何の抵抗もなく「スッ……」と切れた。 ……これ、下手すると元のナイフとは別物になったかもしれない。 な、なんだこれ……! すごっ! 太い枝も豆腐みたいだなっ! ……あ! でも……これは、やり過ぎだよな……? まな板まで軽く切れちゃう。切れ味を調整して出来上がりかな。「アリア、アリア〜! えへへ……これ使ってみて?」 ユウヤが嬉しそうに手渡したナイフを、アリアもまた笑顔で受け取った。受け取るやいなや、手元にあった余った野菜をさっそく試し切りする。「わ、わわわっ!? なにこれ……!? なにも切っている感じがしない……おもしろ〜いっ! これ、売ったら――……ううん、なんでもないや。すごいね〜♪」 アリアは興奮したようにナイフをくるくる回し、ちらっと俺の顔を見たあと、少しだけ頬を染めて笑った。やっぱり……アリアは、いろいろと考えて気を使ってくれてるんだな。「アリアのナイフと、交換する?」 ユウヤが提案すると、アリアは戸惑った様子を見せた。その小さな眉が、困ったように下がっていた。「え? ……えっと、わたしのナイフ……刃がボロボロなんだけど……本当に、交換していいの?」 俺に交換と言われて、気まずそ
♢無自覚な優しさと新たな出会い「アリアもすごいだろ。無詠唱だしさぁー」 そう言う俺に、アリアは少し困ったように返した。その瞳には、穏やかな光が宿っていた。「え? あぁ……うん? ユウくんも、同じのを使えるじゃない♪」 詳しく聞きたかったけれど、俺も隠し事をしているのでアリアが深く聞いてこないし、俺も聞くのをやめておいた。俺も色々と聞かれたくなかったからだ。「まあなあ〜。そろそろ……昼食の準備をするかぁ〜」「そうだねっ」アリアはにこっと笑い、軽やかに頷いた。 俺が倒した獣の肉の解体をしていると、二人でお金を出し合って買ってきた野菜を、アリアが手際よく下準備してくれた。アリアが調理してくれるので、俺は倒した獣の解体の続きをしていた。 猛獣は種類によって売れる部位が異なるが、たいていは牙、爪、毛皮が基本だ。ほかにも薬の材料になる内臓もあるらしいが……俺はそこまで詳しくない。もったいないとは思いつつも、内臓はすべて転移魔法で処分し、地中に埋めておいた。「次からは、この肉は売って野菜を買うお金と、自分たちが食べる分として取っておこうか?」 ユウヤがそう提案すると、アリアは少し心配そうな表情を浮かべて、俺の顔をそっと覗き込んできた。「……いいの? ユウくんが倒したんだし、それってユウくんのお小遣いになるはずじゃないの?」 別に、俺が欲しい物っていっても、たいていのものはスキルでどうにかなるし、 お金を出してまで手に入れたいものは、正直あまり思いつかない。 せいぜい――食材とか、甘いデザートくらいだろうか。 でもそれだって、パーティ資金として肉を売った分で十分まかなえる。 それに、魔石を売って得た報酬もかなりの額がある。 ……正直、お小遣いはもう充分すぎるほど持っている。「お小遣いには困ってないし、俺は大丈夫かな。……アリアが倒した猛獣は、アリアのお小遣いでいいぞ?」「えぇ